平林清澄の経歴がすごい!高校や進路とイケメンすぎるエピソード3選

国学院大学の箱根駅伝選手3年の平林清澄選手が大阪マラソンで優勝して話題です。

  • 初マラソンに日本最高記録で優勝
  • 学生新記録

の2つの大記録を達成。記録は2時間6分18秒でした。

ただ、五輪出場設定タイムに及ばず残念でした。

こんな大記録を打ち立てた平林清澄選手の経歴がすごいとのこと

また、出身高校や今後の進路、イケメンすぎるエピソード3選を紹介していきます。

目次

大阪マラソン優勝の平林清澄の経歴がすごい!

平林清澄選手は、2024年1月の箱根駅伝では「花の2区」に出場して、8人抜きを演じて注目が集まっていました。

まずはプロフィールからみていきましょう。

プロフィール

名前:平林清澄(ひらばやし きよと)

生年月日:2002年12月4日(2024年2月時点 21歳)

身長・体重:168センチ43キロ

出身:福井市越前市

学歴:福井県立美方高校

家族:

経歴がすごかった

小学生時代からマラソンには素養がありました。

小学生時代

地元の越前市に菊花マラソンというのがあって、小学1年生で初めて出場しました。2km のファミリー部門。

毎年5月に学校のマラソン大会があり、3年生の時。学校のマラソン大会で1位になり、駅伝で1区を走らせてもらいました。

その時、自分が託した襷(たすき)がゴールに帰ってくるのがすごく嬉しかった。駅伝っていいなって思いました。

中学時代(武生第五中)

武生第五中は全校生徒が30数名と小さく、部活動にはバドミントンと卓球のみでした。

「体力がつくかな」という理由でバドミントンを選んでいました。

陸上部がなかったため、陸上の大会には「体育の先生に付き添いをしてもらって出場していた」そうです。

高校時代(福井県立美方高校)

平林清澄選手は、中学生3年生の時、寄せ集めのメンバーで出場した地区大会で1区で2位のとなり、夏に県の強化合宿に呼ばれ、美方高校の堀真浩先生に声をかけてもらい、福井県立美方高校に入学しています。

高校入学時の持ちタイムが「下から2番目」だった。

ただ、死ぬ気でずっと練習した結果、高校1年生で全校高校駅伝のメンバーとなります。

高校2年生、3年生時は、全校高校駅伝には県大会で敗れ出場せず。(敦賀気比高校が優勝)

高校2年生時は、5000mは北信越大会を日本人トップの3位で通過し、沖縄インターハイに出場の経験もしてます。

大学時代(国学院大学)

出雲駅伝のテレビ中継で見た国学院大の土方英和(現:Honda)の走りに感銘を受けて國學院大學へ進学します。

大学1年時の11月の出雲駅伝では国学院大のアンカーを務め、「スーパールーキー」と称えられれ、

大学1年生時の2022年1月の箱根駅伝で9区(23.1km)を走り、5人抜きの快走を見せます。

大学2年時の箱根駅伝では2区7位、今年3年時には2区3位と大健闘をしています。

出身高校と進路先にびっくり

平林清澄選手の出身高校は、福井県立美方高校です。通称「美高(びこう)」と呼ばれています。

福井県の駅伝強化校に位置づけられていたため、県内の有望選手はほとんど同校に進学してきたこともあり、男子は2004年(平成16年)度まで、連続19年で全国高校駅伝に出場していました。

ただ、最近は福井県は鯖江高校や敦賀気比高校が全国大会へ出場しています。

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