自民党の麻生太郎副総裁が28日の講演で、外務大臣の上川陽子氏の容姿について言及!麻生氏は褒め言葉であったが、批判の声が上がり話題です。
- 「そんなに美しい方とは言わんけれど」
- 「おばさん」などと発言したほか、
- 名字を「カミムラ」と間違えて繰り返す
なお、全体の話としては、「堂々と話し、外交官の手を借りずに自分で会うべき人との(面会の)予約を取っている。大したものだ」「新しいスターがそこそこ育ちつつある」と、上川陽子氏の手腕を高く評価する内容でしたが。
そんな、話題になった上川陽子氏ですが、若い頃からどんな感じの方だったのでしょうか?生い立ちや画像も含め紹介してきます。
また、家系図や世襲議員であるのかもチェックしました。
本日「 #ジェネリック医薬品の将来を考える会 」議員連盟の先生方と私含め16人で #麻生財務大臣 を訪問。議連の緊急提言2020に対し,麻生大臣から,都道府県別ジェネリック医薬品のシェア率や原薬の安定供給,不採算医薬品目等について深いご理解と力強いご示唆ご助言を頂きました。 pic.twitter.com/yeWuyOZfAo
— 上川 陽子 KAMIKAWA Yoko (@Kamikawa_Yoko) June 19, 2020
上川陽子さんの若い頃から生い立ちがすごかった!
今回の麻生氏の発言で注目が集まった外務大臣の上川陽子氏ですが、さすが人格者ですね。
さらっと話を流してました。
上川陽子外相は30日の記者会見で、「さまざまなご意見やお声があることは承知しているが、どのような声もありがたく受け止めている」と答えた。直接の論評はしなかった。
さて、若い頃から生い立ちを見てきましょう。
子供時代
ほんと小さき時の写真ですが、可愛いですね。持っている人形が時代を感じます。
上川陽子さんは、1953年3月1日に静岡県で生まれています。現在は70歳です。
小さい時はあまり親からは勉強をせよ言われなかったみたいですね。
勉強は、あんまりうるさく言われなかったですね。ちょっと勉強するとものもらいができたり、七時ぐらいになると眠くなってしまう子だったものだから(笑)。やるときはすごく集中してやるということはあったけど。
母親の教育方針はすごい
ただ、母や教育はしっかり学ばしてあげたかったみたいです。
私の母は、自分が戦争中で教育を受けていないという意味で、そうじゃない子どもに育てたいということはあったと思うんです。
また、小さい頃から、母から女性もどんどん社会に出ていくことを後押しされて、今に至っています。
何何をしなきゃいけないとか、女の子はこうあるべきとか、そういうことを言われたことは一切ないんですよ。
むしろ、これからの時代は、女の人でも能力があればどんどん社会に出ていくということがだいじなんだよ、あなたもやればできるんだからやりなさいねと、
いつも母は、私の前の障害物をどけていてくれた!と話しています。
中高時代は中高一貫校
上川陽子さんは、中高一貫校に通われていました。
通われた中高一貫校は、静岡雙葉学園です。中学受験時の偏差値は50です。
高校から大学進学先は難関国立大学や早慶など有名校にたくさん進学しています。
上川陽子さんは、東京大学文科3類に入学しています。高校でもトップクラスだったんですね。
私自身、中学から高校とのんびり6年一貫教育の私立の学校できたから、わりと人が考えないことなどの夢を自分の中で大切に育てることができたような気がします。
高校時代には、外交官になろうかなと考えていたみたいです。それが70歳で外務大臣となり縁を感じますね。
大学時代も美人だった
大学では、大学で国際関係論を専攻し、公共政策に非常に興味を持ち、勉強の励んでいたみたいです。
学生時代の写真ですが、全然美人です。麻生副総理の目がおかしいのかな?
大学時代にご主人さまと出会っていました。
主人は大学での同窓生でしたから、もう同志のようなものなんです。
年月日 | 略歴 |
---|---|
昭和28年(1953年)3月1日 | 静岡県静岡市生まれ |
昭和52年(1977年)3月 24歳 | 東京大学(国際関係論)卒業 |
昭和52年(1977年)4月 24歳 | 三菱総合研究所研究員 |
昭和63年(1988年)6月 35歳 | 米国ハーバード大学院JFケネディスクール政治行政修士修了 |
平成12年(2000年)6月 47歳 | 第42回衆議院議員総選挙で初当選(静岡1区) |
平成26年(2014年)10月 61歳 | 法務大臣就任(第2次安倍改造内閣) |
令和5年(2023年)9月 70歳 | 外務大臣(第2次岸田第2次改造内閣) |
上川陽子さんの家族構成(家系図)
上川陽子さんは、4人家族です。
- 夫:東京大学時代の同窓生です。元日銀に勤務
- 長女:米国大学院を卒業後、海外援助機構に勤務
- 次女:上川陽子さんが「悠希は静岡の実家にいる」と紹介、選挙の手伝いかもしれません。
家族みんなで上川陽子さんを応援していて、素敵な家族で囲まれています。
上川陽子さんは世襲議員ではなかった!
上川陽子さんは世襲議員ではではありません。
何のバックグラウンドもなく初代で選挙をして、七年半当選まで頑張りました。
何のバックグラウンドもなく初代で選挙をして、七年半当選まで頑張った、こういうことがいちばん大事だと思うんです。
アメリカ留学時代に海外から日本を眺め、改革の必要性を痛感したことから、政治家を目指すようになってます。
上川 高校を卒業し、東京に来て、四十歳のときに政治の世界に入ることを決断し、静岡に戻りました。それから3年後に1回目の選挙でした。
過去牛尾電機会長との対談が残っていました。全く政治とは縁がなかった家だったそうです。
強い志を持って政治の世界に飛び込まれています。
牛尾:上川さんは現在、政治家としてご活躍なさっていらっしゃいますが、上川家にとっては初代なのですか。
上川: そうです。政治にはまったく縁がない家でした。
牛尾: ご両親やご親戚の中にもまったくいらっしゃらず、あなたが突如政治家になられたんですね。
上川:はい。
牛尾: 男性議員は世襲の人が多いですから、いよいよ新しいタイプの政治家が出てきたということになりますね。
初選挙は大変だったみたいです。
家族総出で取り組んだ選挙活動を行なっていました。
夫は銀行員で参加できないので、娘がその代わりに。父も母も協力してくれましたし、零細企業までもいかないような家内労働で…。
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